金貸しと借金は、いつから始まったのか | ユダヤ金融と日本の金融

投稿日:2020年1月7日 更新日:

消費者金融やキャッシング、即日融資、専業主婦ローン

消費者金融やキャッシング、即日融資、専業主婦ローンなど、いろんな借金の方法がある現代です。

消費者金融、サラ金、キャッシング、こういう言葉が嫌いな方も多いのでないでしょうか。

借金イコール悪である、という考え方です。

確かに、あくどい金貸しというのもいますし、そういうものは、排除されていかないといけません。

しかし、必要悪といいますか、必要な借金というのもあります。

企業は、お金を金融機関から借りて、事業を拡大し、収益を最大化して、利益を取ります。

元の資金がないと、事業を拡大できなかったりしますので、お金を借りて、しっかり返しつつ、事業を大きくしていきます。

いまの大企業もそういう経緯をたどって、大企業となっています。

もちろん、無借金経営という会社もあります。

個人の話になると、大きいのは、住宅ローンですね。

一回で、何千万の借金をします。

もし、この住宅ローンがなければ、家を買える人というのは限られ、いまのように、住宅メーカーや銀行も成長していなかったと思います。

必要な借金というのは、ありますし、借りたものは、計画を立てて、しっかり返せばいいのです。

借金は悪だ、消費者金融やキャッシングという言葉を毛嫌いするのは、きっと、闇金や借金取立の悪いイメージがどこかにあり、それを連想するからではないでしょうか。

返す目途がなければ、借りてはいけません。

これは、借金の大原則です。

お金を借りれば、金利というものが付きます。この金利分も含めて、返せる計算をしてから借りましょう。

金の貸し借りが、いつの時代に始まって、現在にいたるのか、興味が湧いたので、調べてみました。

借金の歴史

金貸し(金融業)は、風俗とならんで、世界最古の職業と言われています。

人間は、自由に生きているように見えても、経済というものに制限されています。

昔の日本でいえば、米が経済価値の中心であったため、米があるかどうかで経済的自由というものが決まりますし、現代社会では、お金があるかどうかで、経済的自由というものが決まります。

今も昔も米やお金がなければ、借りるという行為をしていたのです。

借りるという行為は、価値の前借であり、持たない不自由を解消する方法なのです。

この行為は、世界中で共通しています。

一体、いつくらいから金融業と借金はなされてきたのでしょうか。

世界の金貸しはどうだったのか

世界の歴史と金貸しの関係を簡単に見てみると、このようになります。

宗教が強い政治的影響力を持っていた古代においては、ユダヤ教では、金貸しは(原則禁止)であり、キリスト教やイスラム教は、お金を貸して金利を取ることを禁止していました。

人種的迫害を受けていたユダヤ人が、主に金貸しの職業についていました。

嫌がられる職業だったのですね。

キリスト教会勢力が強い政治的力を持っていた時代には、キリスト教金貸しや金利を取ること自体がタブーでした。

近代に入り、政治経済の主権が国民に移ると、金貸しや金利というものが、そこまでタブーではなくなっていきました。

しかし、現代に至ってもイスラム教では、金利を取ることを禁止していて、イスラム金融と呼ばれていて独特の金融システムを作り上げています。

日本の金融業はどうだったのか

古くは、弥生時代の種籾()の貸し借りが最古でしょうか。

その昔は、米が価値そのものでしたから、米の種を借りて、収穫後に利息に相当する利稲を返していたようです。

これは、農民は、その年に取れた初穂を神社に寄進し、翌年この初穂を借りてお米を作る、そしてまた初穂に利稲を付けて寄進するという、収穫と神さまへの感謝の意味で、自然と発生していったようです。

なので、いまの金利という意味では、意味合いが違いますね。

米を貸すというのが、形の違う金融の始まりですね。

奈良時代の金融

奈良時代(いまから1,400年くらい前頃)には、寺院が金貸し(と言っても、米、絹、酒などの物品)を始めています。

仏の富を運用する、という形態です。

日本でも金貸しの始まりは、宗教絡みからなのですね。

人間の本性なのでしょうか、寺院が高利貸しに走ってしまい、暴利を設定、自宅を担保に設定、金利を複利にして元本が減らないようにしたりして、もはや闇金となってしまいました。

桓武天皇もそんな世の中にお嘆きでした。

平安時代の金融の進化

平安時代になると、現在の消費者金融やキャッシングの原型とも見て取れる仕組みが登場します。

当時の政府も金貸しを始めて、税金と合わせて、重要な収入源だったようです。

当時の政府は、公出挙(政府の融資)と私出挙(民間融資)というものを認めていて、政府は民間の貸金業者に貸付をして、民間の貸金業者は、一般消費者に貸し付けて金利を取るというシステムでした。

この時の年利20%が利益になる計算だったようで、現代の年利回りと同じ水準だったようです。

これが金利の仕組みが上手く回る上限なんでしょうか。

鎌倉時代の価値観の変化

鎌倉時代には、米、酒、衣類という物品融資から、銭に価値と融資対象が移り代わります。

この時代では、上限金利を制定したりして、現代の金融システムに近づいています。

当時でも、金利負担というのは、きつかったんでしょうね。

室町時代の金融相互扶助システム

室町時代に入ると、日本の地方都市に、銀行の前身が出来始めました。

無尽講という仕組みですね。

みんながお金を拠出して、誰かが困ったら、その拠出したお金で助けるという相互援助システムです。

講とは、同じ意図、目的を持った人達の集まりのことです。

戦中前後は、無尽会社から相互会社となり、昭和時代には、第二地方銀行、平成に入り、地方銀行と呼ばれるようになりました。東京スター銀行も元は無尽です。

元を辿ると、興味深いですね。室町時代からの仕組みが今でも生きています。

ユダヤ人は、財産を奪われないようにするため、紙幣などを発展させ、銀行をヨーロッパ各地で運営していったのですが、日本では、相互援助の発想が銀行に発展したというのも、面白いですね。

戦国時代は、信用のない時代

戦国時代は、戦だらけで、金貸しの仕組みは、進歩しません。戦国武将で、貸金を手掛けていた大名はいましたが、民間の貸金業者にとっては、貸しても戦で殺されるか借金を踏み倒されるという、信用(クレジット)のない世の中だったようです。

この時代は、まだ米が価値の中心でした。

石高が一家の収入額と見られていたのです。

米は、保存がきくため、米を年貢として大名に収め、大名は、米を備蓄しておけば、飢饉が起きても、なんとか領民ともども飢えをしのげるという仕組みに、社会がなっていたのですね。

戦いの時代でしたが、共生の文化は健在でした。

江戸時代は、今の銀行の前進が登場

そんな殺伐とした時代が終わり、江戸時代になると、三井住友銀行、三菱UFJ銀行の前身の両替商が登場してきます。

平和な時代で、商いが活発になり、代金決済を担う両替商が、繁盛しました。

また、この時代、商人たちの間で、信用調査機関みたいなものも組織化されていました。

武士の借金踏み倒しが多発したためのようです。

現在でいう与信情報を蓄積して、貸倒れ防止の取り組みがされていたようです。

明治時代は、上限金利のない時代でしたが・・・

明治時代は、江戸時代の制度を塗り替えていく作業が進み、金利上限の撤廃がされました。

ただ、これは、暴利闇金が大量に発生したため、すぐに改正されました。

明治政府は、年率6%というものを標準金利にしました。なにも契約上の取り決めがない場合、年率6%にせよ、というものです。

意外と低金利ですね。

ただ、契約上の取り決めがあれば、金利に上限がありません。

怖いですね。

上限金利というのは、現代ではありますが、もし、これがない場合、どうなるのでしょうか。

借金が返せなくなり、借金を返すためにまた借金をする多重債務になる人が急増するのは、明らかでしょう。

大正時代は、激動の時代

大正時代は、短いですが、大正デモクラシーなどの民主主義的思想などが発達しました。

社会的に、現在の民主主義にもつながる動きがありましたが、第一次世界大戦後の混乱や世界恐慌、関東大震災の影響で、経済は大打撃を受けました。

昭和・平成に入り、サラ金の登場と消費者金融の後退

昭和に入ると、戦後、サラ金が登場します。いまでは学校を卒業すると、就職してサラリーマンになるのが、一般的だと思いますが、戦後は、サラリーマンというのは、超エリートでした。

そんなエリート向けのローンが、サラリーローン、略して、サラ金です。

消費者金融が暴利を取っていたため、金融庁は上限金利を引き下げました。

過払い金返金というのが、平成でかなり多く行われました。それと同時に、消費者金融は、勢いがなくなっています。

しかし、すぐにお金が必要な人というのは、いなくなりません。

まとめ

いつの時代もお金を借りたい人と貸したい人がいて、お金の不自由を借りることで解消するという行為は、未来でもなくならないものだと思います。

小口の無担保融資というのは、不況になれば、利用者が増えますし、なくならないものですね。

また、紙幣が、電子マネーになったとしても、お金の価値と金利という仕組みは、かわらないと思います。

銀行券という現物がなくなるだけで、そもそもの仕組みは変わりようがない気がします。

ユダヤ人は、古くは国を追われ、職業が限られていたため、やむを得ず金貸しをしていた人たちが、時代を経て、財産を守るために銀行など仕組みを作り上げ、時の政権に金融で取り入り、現在、世界の金融を牛耳る存在となってきました。

イスラム金融は、その独特の仕組みを今も守りつづけています。

日本の無尽講から始まる金銭の相互援助システムは、地方銀行という括りとなり、いま、過渡期を迎えていますね。

ユダヤ金融もイスラム金融も組織構成員の結びつきの強さが、システムを支えていると思います。

人工減少と産業衰退期の日本で、金融の在り方について考える時期かも知れませんね。

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